奥猛雅(読み)おく たけまさ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「奥猛雅」の解説

奥猛雅 おく-たけまさ

1732-1802 江戸時代中期-後期武士,砲術家
享保(きょうほう)17年生まれ。安芸(あき)広島藩士。代々砲術,火薬製造でつかえる。16歳のとき騎馬筒20丁をつくって銃師となり,銃器の改良,火薬の研究などにつとめた。津田自由斎正勝に津田流をまなび,一貫流の祖となる。享和2年7月2日死去。71歳。通称弥兵衛。号は雪中庵,梅(楳)明。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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