姫倉城跡(読み)ひめくらじようあと

日本歴史地名大系 「姫倉城跡」の解説

姫倉城跡
ひめくらじようあと

[現在地名]香我美町岸本

岸本(きしもと)の東部海辺に突出する月見(つきみ)山系の先端、眺望絶佳の標高六八メートルの崖上に位置する。規模はほぼ東西一六メートル、南北三二メートルとされ、南は絶壁、北側に空濠跡を認めるが尾根に続き、東下方城郭の一角に城門の石と思われる畳石が残り、西斜面登山道わきに城の用水井とされる「化粧の井戸」がある。上久保五郎兵衛の先祖代々覚書(蠧簡集竹頭)によると、先祖の姫宮が密妊の咎で配流、この山に居城したので姫倉城と称するようになったとある。岸本城ともいう(土佐遺語)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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