姫野村(読み)ひめのむら

日本歴史地名大系 「姫野村」の解説

姫野村
ひめのむら

[現在地名]高岡市姫野

庄川の東、放生津ほうじようづ潟の西部に位置。村の西部を南北西神楽にしかぐら川が流れる。放生津(現新湊市)から小杉新こすぎしん(現小杉町)への道が通る。東は石丸いしまる村。地名の由来は中世姫野保のうちにあたり、姫野一族が居住していたことによる(越中志徴)。集落北部の垣内に裏姫野うらひめのがある。正保郷帳では高六一九石余、田方四〇町三反余・畑方一町。寛文一〇年(一六七〇)の村御印の草高六三九石・免四ツ九歩、小物成は野役一匁(一六匁退転)・猟船櫂役五匁退転・川役七匁(三箇国高物成帳)。寛保二年(一七四二)の草高六三九石、うち明暦二年(一六五六)の手上高一二石(「高免等書上帳」折橋家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む