宇木城跡(読み)うきじようあと

日本歴史地名大系 「宇木城跡」の解説

宇木城跡
うきじようあと

[現在地名]諫早市有喜町

船津(ふなつ)名の丘陵(標高約三〇メートル)に築かれた中世の城跡。史料上は浮城とも記され、また亀(かめ)城・高(たか)城とも称される。築城年代は未詳ながら、南北朝期には宮方の肥後菊池氏に通じる勢力の拠る城で、観応三年(一三五二)足利直冬の武将小俣氏連が「宇木城」攻撃を仕掛けてきたという。応安六年(一三七三)九月日の深堀時広軍忠状(深堀文書)に「宇木城」とみえ、同年三月に今川満範は伊佐早(いさはや)に着き、当城に立籠る伊佐早右近五郎・西郷藤三郎を攻撃している(歴代鎮西志)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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