安光南里(読み)やすみつ なんり

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「安光南里」の解説

安光南里 やすみつ-なんり

1810-1861* 江戸時代後期の儒者
文化7年生まれ。土佐(高知県)幡多郡上川口村の大庄屋大坂篠崎小竹(しのざき-しょうちく)にまなんだとされる。家塾清風堂をひらき,おおくの子弟におしえた。万延元年12月8日死去。51歳。名は謙道,確。字(あざな)は子亭(享)。通称は繁太郎。著作に「外寇(がいこう)記事」「予防管見」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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