文久(読み)ブンキュウ

  • ぶんきゅう ブンキウ
  • ぶんきゅう〔ブンキウ〕

大辞林 第三版の解説

年号(1861.2.19~1864.2.20)。万延の後、元治の前。孝明天皇の代。

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日本の元号がわかる事典の解説

日本の元号(年号)。江戸時の1861年から1864年まで、孝明(こうめい)天皇の代の元号。前元号は万延(まんえん)。次元号は元治(げんじ)。1861年(万延2)2月19日改元。1861年は天命が改まる年(王朝が交代する革命の年)とされる辛酉(しんゆう)にあたることから、辛酉革命を理由に改元が行われた(革年改元)。『後漢書(ごかんじょ)』を出典とする命名。文久年間の江戸幕府の将軍は徳川家茂(いえもち)(14代)。1862年(文久2)1月、老中の安藤信正が水戸浪士らに襲撃され、負傷する事件が起こった(坂下門外の変)。同年4月には、薩摩藩の島津久光(ひさみつ)が藩兵を率いて上京し改革趣意書を朝廷に提出、さらに江戸に下向して混迷する幕政の改革に乗り出した。久光一行が江戸から帰国途中の8月、騎乗のイギリス人4人が行列と鉢合わせし、薩摩藩士により殺傷される(生麦事件)。この事件を原因として、翌1863年(文久3)7月に薩英戦争が起こった。また、その直前には、長州藩が馬関(下関)海峡を封鎖し、航行する外国艦隊を砲撃した(下関事件)。その報復として1864年(元治1)8月、英・米・仏・蘭4国連合艦隊が、馬関の長州藩砲台を攻撃・占領した(下関戦争・馬関戦争)。

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精選版 日本国語大辞典の解説

[1] 江戸時代、孝明天皇の代の年号。万延二年(一八六一)二月一九日に改元、文久四年(一八六四)二月二〇日に至って次の元治となる。坂下門の変、生麦事件、アメリカ・フランス軍艦の下関砲撃、生野の変などが相次いで勃発した。出典は「後漢書‐儒林伝・謝該」の「故能文武並用、成長久之計」。
※歌舞伎・上総綿小紋単地(1865)五幕「『そら文久(ブンキウ)で遣るよ。』ト銭を出して払ふ」

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