安戸城跡(読み)やすどじようあと

日本歴史地名大系 「安戸城跡」の解説

安戸城跡
やすどじようあと

[現在地名]東秩父村安戸

比企郡小川おがわ町と東秩父村境の山地つき川に沿ってさかのぼってすぐに開ける耕地、安戸耕地の中央部北側、標高二三五メートルのしろ山山頂にある。眼下を走る旧川越秩父道からの比高は一〇五メートル。麓から山頂が望めないほどの急崖をなす。築城者は伝えないが、槻川の上流域、大河原おおかわら谷は戦国期に松山まつやま(現吉見町)城主であった上田氏の本貫地といわれ、同氏によって築かれたものと考えられる。「関八州古戦録」によると、上田氏は天正一八年(一五九〇)の松山城落城に際して、安戸の砦へ落ち、捲土重来を期したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む