コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

安芸三郎左衛門 あき さぶろうざえもん

2件 の用語解説(安芸三郎左衛門の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

安芸三郎左衛門 あき-さぶろうざえもん

1597-1671 江戸時代前期の製紙家。
慶長2年生まれ。安芸国虎(くにとら)の一族といわれる。土佐成山(高知県伊野町)の養甫尼(ようほに)とともにすみ,七色紙をつくりだす。山内氏の入国後は高知藩の用紙方,幡多郡(はたぐん)代官をつとめた。寛文11年10月死去。75歳。名は家友。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

安芸三郎左衛門

没年:寛文11(1671)
生年:生年不詳
江戸前期の土佐紙業開発者。名は家友。安芸城主安芸国虎の一族と伝えられる。安芸氏の没落後土佐国(高知県)吾川郡波川城主波川玄蕃清宗の後室養甫尼(長宗我部元親の妹)を頼り,成山(伊野町)に居住した。伊予(愛媛県)の旅人新之丞(彦兵衛ともいう)より朱善寺紙の製法を習い,さらに黄,浅黄,紫,柿,桃,萌黄の七色紙を開発した。家友は技術のもれるのを恐れ新之丞を殺したと伝える。山内一豊の入国後,給田1町と総伐畑を与えられ,御用紙方役,幡多郡代官に任じられ製紙業の発展に尽くした。七色紙は土佐藩の特産品となり,幕府へ献上された。<参考文献>寺石正路『続土佐偉人伝』,平尾道雄『土佐藩工業経済史』

(山本大)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

安芸三郎左衛門の関連キーワード土佐光親文室宗周松原広重安芸土佐派国際農業開発基金本土佐安芸家友土佐光純中田勘左衛門

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone