安芸田面(読み)あき たのも

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「安芸田面」の解説

安芸田面 あき-たのも

1815-1863 幕末儒者
文化12年8月1日生まれ。安芸荷青(かせい)の次男阿波(あわ)徳島藩士。江戸にでて昌平黌(しょうへいこう)にはいり,林述斎,古賀侗庵(どうあん)らにまなぶ。万延元年儒者役,藩校長久館の漢学教授方となる。のち京都在勤となり公武合体論をとなえ,文久3年6月26日暗殺された。49歳。名は恭雅(やすまさ)。字(あざな)は茂吉。号は思温,梅軒,吉江漁夫。通称は別に頼母,雅四郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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