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安達時顕 あだち ときあき

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

安達時顕 あだち-ときあき

?-1333 鎌倉時代の武将。
執権北条高時の外戚(がいせき)で寄合衆などをつとめる。正慶(しょうきょう)2=元弘(げんこう)3年5月22日幕府滅亡のとき,高時らと鎌倉東勝寺で自刃(じじん)した。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

安達時顕

没年:正慶2/元弘3.5.22(1333.7.4)
生年:生年不詳
鎌倉後期の武将。得宗・北条高時の外舅。父は霜月騒動(1285)で討たれた宗顕。母は山河重光の娘。妻は金沢顕雄の娘。法名は延明。居館は鎌倉の甘縄。金沢氏,北条政村の流れの北条氏に保護され,永仁1(1293)年の平頼綱の滅亡により復権し,正安年間(1299~1302)以降に東使の役を務め,正和1(1312)年に引付頭人。同5年の高時の執権就任以降は長崎高綱と共に寄合衆の中心人物鎌倉幕府の動向を左右した。関東御領の播磨国(兵庫県)上在田荘や遠江国一宮笠原社などを管掌し,越後国白川荘(新潟県)を保持した。元亨4(1324)年に父母の供養のため奈良法華寺宋版一切経を施入している。嘉暦1(1326)年の北条泰家の出家に際し出家し,元弘3(1333)年の幕府滅亡により東勝寺で自殺した。<参考文献>田中稔「秋田城 介時顕施入の法華寺一切経について」(『大和文化研究』38号),細川重男「秋田城介安達時顕」(『白山史学』24号),筧雅博「道蘊・浄仙・城入道」(『三浦古文化』38号),石井進「関東御領研究ノート」(『金沢文庫研究』26号)

(福島金治)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の安達時顕の言及

【安達氏】より

…鎌倉時代以降発展した中世武家。出自は不詳。武蔵国に住していた安達盛長が,源頼朝の乳母比企尼の娘を妻とした関係で挙兵以前から頼朝に近侍し,信任を得て有力御家人となる。盛長の子安達景盛が秋田城介(じようのすけ)に任ぜられてからはこの職を世襲し,城氏とも称した。代々幕府の中心にあって評定衆・引付衆に列するとともに,北条氏と密接な姻戚関係を結んで勢力を増し,1247年(宝治1)執権時頼と結んでライバル三浦氏を滅ぼす。…

※「安達時顕」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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