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正慶 ショウキョウ

日本の元号がわかる事典の解説

しょうきょう【正慶】

日本の元号(年号)。鎌倉時代の1332年から1333年まで、光厳(こうごん)天皇の代の持明院統(じみょういんとう)(後の北朝)が使用した元号。前元号は元徳(げんとく)。次元号は元弘(げんこう)。1332年(元徳4)4月28日改元。光厳天皇の即位にともない行われた(代始改元)。『周易注疏(しゅうえきちゅうそ)』を出典とする命名。正慶年間の鎌倉幕府の将軍は守邦(もりくに)親王(9代、鎌倉幕府最後の将軍)。執権は北条(赤橋)守時(もりとき)(16代)。1331年(元徳3)、討幕計画が発覚して身辺の危険を感じた後醍醐(ごだいご)天皇は京都を脱出、笠置(かさぎ)山に籠城して元弘(げんこう)の変が起こる。その最中、後醍醐は「元弘」と改元するが、鎌倉幕府と持明院統はこの改元を認めず、引き続き「元徳」を使い続けた。さらに、後醍醐を廃帝として光厳天皇を擁立し、新元号を「正慶」と定めたが、後醍醐ら大覚寺統(だいかくじとう)は引き続き元弘の元号を使用した。1333年(正慶2/元弘3)に鎌倉幕府は滅亡し、後醍醐は京都へ帰還して親政を開始する(建武の新政)。光厳の退位にともない正慶の元号も廃止(無効)となり、元弘に復帰した。◇「しょうけい」とも読む。

しょうけい【正慶】

⇒正慶(しょうきょう)

出典 講談社日本の元号がわかる事典について 情報

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