外戚(読み)ガイセキ

  • がいせき グヮイ‥
  • がいせき〔グワイ〕
  • げさく
  • げしゃく
  • 外▽戚

百科事典マイペディアの解説

一般に母方の親族をいい,父方の親族の内親・内に対する。中国では皇后または皇太后一族をいう。日本では奈良初期,藤原不比等(ふひと)が2人の娘を文武(もんむ)天皇聖武天皇に入内(じゅだい)させ,皇室の外戚となり藤原氏繁栄の基礎を築いた。平安中期には外戚の地位を利用して摂政関白に就き,権力を確立。なかでも藤原道長は,外孫の後一条(ごいちじょう)・後朱雀(ごすざく)・後冷泉(ごれいぜい)の3天皇の摂政として政治を左右した。→摂関政治

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世界大百科事典 第2版の解説

中国で皇后または皇太后の一族をいう。ことにその父や兄は,娘または妹にあたる皇后や皇太后を介して国政容喙(ようかい)し,絶大な権勢をふるうとともに,一族郎党がその権勢を背景にして横暴をはたらくことが多い。皇帝幼少で,皇太后が摂政になったとき,あるいは皇帝が暗愚で,皇后の力が強いとき,そのような現象がおこりやすい。の高祖劉邦の死後,呂(りよ)太后が若年の恵帝をさしおいて国政を動かし,呂氏一族とともに天下を奪いとろうとしたことや,唐の高宗の皇后則天武后がついに唐の国家を奪って国号を周と改めたことなどは,外戚による簒奪というよりも,むしろ皇后ないし皇太后自身による政変というべきだが,もとより外戚による簒奪の例も存在する。

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精選版 日本国語大辞典の解説

〘名〙 母方の親類。げしゃく。
※続日本紀‐天平宝字四年(760)八月甲子「是復皇家之外戚」 〔史記‐外戚世家〕
※河海抄(1362頃)一「むほんの親王のけさくのよせなきにてはただよはさじ」
〘名〙 (「げ」「しゃく」はそれぞれ「外」「戚」の呉音) 母方の親戚。がいせき。げさく。
※令義解(833)儀制「唯親戚。〈謂。親者。内親也。戚者。外戚也〉」
※源平盛衰記(14C前)一九「文覚には、外戚(ゲシャク)に付てゆかり也」

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旺文社世界史事典 三訂版の解説

皇后やの一族
皇后や妃を介して政治に介入し,権力を握ることが多い。特に皇帝が幼少・暗愚な場合に顕著となる。著名な例として,前漢を奪った王莽や隋の建国者楊堅などがあげられる。また特に後漢においては,第4代和帝以降幼弱な皇帝が続いたため,外戚の専横が目立ち,宦官との対立によって後漢は衰退したといわれる。

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旺文社日本史事典 三訂版の解説

母方の親戚
天皇の外戚は,皇子が母方で養育されることから,政治的に権力を得ることが多く,藤原氏はこの地位を利用して摂政・関白となった。

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