寄合衆(読み)よりあいしゅう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

寄合衆
よりあいしゅう

鎌倉幕府末期の職名。史料上の明確な初見は正応2 (1289) 年であるが,すでにこれ以前から一部重臣による幕政会議 (→寄合 ) がもたれ,その職にあるものが寄合衆と呼ばれており,得宗専制権力の非制度的拠点として出発したことを示す。構成員としては得宗,北条一門,御内人など 10名ほどがみえる。寄合が幕政上の制度として定置されるに従い,従来の要職たる評定衆は次第に実質的な意義を失っていった。

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デジタル大辞泉の解説

よりあい‐しゅう〔よりあひ‐〕【寄合衆】

鎌倉中期以後、北条氏私邸に集まって国政を評議した者たち。北条一門やその有力家臣などで構成された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

寄合衆
よりあいしゅう

鎌倉幕府末期の職名。得宗(とくそう)の近親・縁故者、有力被官を構成員とし、幕政上の重要事項を審議・決定し、得宗専制政治を支えた。1289年(正応2)北条時村(ときむら)の就任を史料上の初見とするが、すでに執権時頼(しっけんときより)の時代には、その私邸で一部重臣、得宗被官(御内人(みうちびと))による秘密会議がたびたび開かれ、これを「寄合」と称した事実が知られる。幕府編纂(へんさん)の法律書『沙汰未練書(さたみれんしょ)』にも「一、御寄合事、評定(ひょうじょう)衆中宗人々有御寄合。秘密御内談在之也」とみえ、得宗を中心とするごく限られた人々による重事密議の会合が、のちに制度化されたものと思われる。寄合衆の定立とともに、従来執権政治を支えてきた評定衆の制は形骸(けいがい)化した。ここに得宗専制の進行を幕府機構上の変化として確認できる。[杉橋隆夫]
『佐藤進一著『鎌倉幕府政治の専制化について』(竹内理三編『日本封建制成立の研究』所収・1955・吉川弘文館)』

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