宗像正子(読み)ムナカタ マサコ

20世紀日本人名事典 「宗像正子」の解説

宗像 正子
ムナカタ マサコ

昭和期の婦人運動家 世界基督教婦人矯風会副会頭。



生年
明治25(1892)年11月3日

没年
昭和51(1976)年11月15日

出生地
熊本県山鹿

旧姓(旧名)
河口

学歴〔年〕
京都府立第一高等女学校〔明治43年〕卒,女子英学校〔大正3年〕卒

経歴
京都府立第一高等女学校や女子英学校に学ぶ。この間、明治44年に牧師植村正久から洗礼を受け、キリスト教徒となった。大正6年に結婚。10年には女子聖学院英語科の教師となり、昭和15年まで勤めた。戦後は日本基督教婦人矯風会などで活動し、34年同会常務理事に就任。次いで37年には世界基督教婦人矯風会の副会頭に選ばれ、40年にモンゴルで開催された国連主催のアジア婦人のためのセミナーにも出席した。その傍ら、東京家庭裁判所参与・文京区未亡人会会長・日本クリスチャンアカデミー理事なども務め、広く社会のために奉仕した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「宗像正子」の解説

宗像正子 むなかた-まさこ

1892-1976 昭和時代の婦人運動家。
明治25年11月3日生まれ。植村正久から受洗。女子聖学院(現聖学院)教師となる。社会奉仕にはげみ,日本基督(キリスト)教婦人矯風会常務理事,世界キリスト教婦人矯風会副会頭などをつとめた。昭和51年11月15日死去。84歳。熊本県出身。女子英学塾(現津田塾大)卒。旧姓は河口。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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