宗諄女王(読み)そうじゅんじょおう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「宗諄女王」の解説

宗諄女王 そうじゅんじょおう

1817*-1890 江戸後期-明治時代,貞敬(さだよし)親王王女
文化13年11月27日生まれ。文政2年光格上皇の養女となり,6年霊鑑寺にはいり出家,5代門跡となる。明治6年伏見宮に復帰したが,13年ふたたび尼にもどり,新政府の大教宣布運動に協力して中教正,権大教正をつとめた。明治23年6月13日死去。75歳。幼称は万志宮。道号は法山。

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367日誕生日大事典 「宗諄女王」の解説

宗諄女王 (そうじゅんじょおう)

生年月日:1816年11月27日
江戸時代;明治時代の尼僧。霊鑑寺権大教正
1890年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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