朝日日本歴史人物事典 「定宴」の解説
定宴
鎌倉中期,荘官として東寺領の経営に辣腕をふるった有能な下級僧。真行房と称す。若狭国太良荘(福井県小浜市)をはじめ,伊予国弓削島荘,大和国平野殿荘,安芸国新勅旨田の現地に下向,年貢収納や訴訟に縦横の活躍をみせ,その経営を軌道にのせた。太良荘では,寛元1(1243)年,地頭代罷免の六波羅探題の裁決を勝ちとり,定宴に対し「七代に至るまで不忠不善を致すべからず」との百姓たちの信頼を得,以後200年余におよぶ支配を成功させた。その後,全供料荘を管理する「庄々納所公文」の地位についた。「老耄術なく候の上,いよいよ起居たやすからず」と述べ,弘安2(1279)年ごろ没した。
(林文理)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報