定禅寺跡(読み)じようぜんじあと

日本歴史地名大系 「定禅寺跡」の解説

定禅寺跡
じようぜんじあと

[現在地名]仙台市本町ほんちよう三丁目

南清山と号する真言宗寺院で、宮城県庁前の広場がその跡地である。永正年間(一五〇四―二一)融済を開山とする。「伊達正統世次考」天文一五年(一五四六)二月一八日条によれば、伊達氏一四代稙宗は伊具の豊室いぐのとよむろ(現角田市)のうち泉屋敷、刈田の斎川かつたのさいかわ(現白石市)うち「十楽寺」分などを定禅寺に寄進している。藩祖政宗は仙台開府に際し、定禅寺の位置が仙台城の鬼門にあたることから真言密法の祈願寺とした。寺領六貫六〇〇文(延宝八年「寺社領寄付牒」仙台市博物館蔵)、着座格に列する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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