宝聚院(読み)ほうじゆういん

日本歴史地名大系 「宝聚院」の解説

宝聚院
ほうじゆういん

[現在地名]高野町高野山

普賢ふげん院内に名跡のある子院で、本尊大日如来。古くは谷上院たにがみいん慈光じこう院の西にあり、学侶方上通の一院であった。文明五年(一四七三)の諸院家帳や「諸院家析負輯」は宝聚坊なる者の開基とするが年代は不明。二世慶源は寛元四年(一二四六)八九歳で死去という。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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