宮和田光胤(読み)みやわだ みつたね

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「宮和田光胤」の解説

宮和田光胤 みやわだ-みつたね

1816-1888 幕末-明治時代の国学者
文化13年生まれ。平田銕胤(かねたね)の門人尊攘(そんじょう)運動家とまじわり,その影響で長男勇太郎は足利氏木像梟首(きょうしゅ)事件に,次男の進は大村益次郎暗殺にくわわった。維新後は刑法官につとめ,のち東京深川八幡の神職。明治21年3月8日死去。73歳。下総(しもうさ)相馬郡宮和田村(茨城県)出身通称は又右衛門

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む