宮寄上村(読み)みやよりかみむら

日本歴史地名大系 「宮寄上村」の解説

宮寄上村
みやよりかみむら

[現在地名]加茂市宮寄上

あわヶ岳北西麓、加茂川上流の七谷ななたに郷の最も奥に立地。岩野いわの小乙こおとの二集落からなり、近世には通称たけ村、現在は「タケ」とよばれる。正保国絵図に「宮より上村」と記し、高三七〇石余。正保二年(一六四五)村松領郷村高辻帳(加茂市史)によると田方二一町七反余で高三二六石三斗余、畑方一三町七反余で高四六石七斗余。正保初年の物成高を記した「初免石」(「村松小史」渡辺芳江氏蔵)では二九四石三斗余、家数四三。宝暦九年(一七五九)の七谷組紙漉船数改帳(山崎徳左氏蔵)によると、船役とよぶ役紙代米を負担する軒数二五、うち二船九軒・一船半一軒・一船一〇軒・半船五軒。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む