宮沢城跡(読み)みやざわじようあと

日本歴史地名大系 「宮沢城跡」の解説

宮沢城跡
みやざわじようあと

[現在地名]古川市宮沢

大崎(おおさき)平野北端の微高地上にある。付近には城内(じようない)・館内(たてのうち)などの地名が残るが、現在城跡とされる地域の大部分は水田・宅地化し、遺構は明瞭でない。本丸跡とされる地の南東端に八幡神社が祀られる。中世以来の城であるが、江戸時代には長沼氏が要害屋敷を構えていた。宮沢要害屋敷絵図(宮城県図書館蔵)によれば、本丸と二の丸に家中屋敷が付属しており、いずれも外周が堀に囲まれている。本丸を取囲んで二の丸があり、その東側に家中屋敷が南北に延びている。本丸は東西一二五メートル、南北一一〇メートル、二の丸は東西一七〇メートル、南北三〇〇メートルほどと考えられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む