コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

大崎義直 おおさき よしなお

2件 の用語解説(大崎義直の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

大崎義直 おおさき-よしなお

?-1577 戦国-織豊時代の武将。
大崎義兼の次男。陸奥(むつ)大崎5郡(宮城県)の領主。奥州探題。天文(てんぶん)3年以来領内で家臣の反乱があいつぎ,5年伊達稙宗(たねむね)の力をかりて鎮圧する。以後,伊達氏にしたがった。天正(てんしょう)5年死去。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

大崎義直

生年:生没年不詳
戦国時代の武将。義兼の子,左京大夫。大崎氏は奥州管領として下向した斯波家兼を祖とする。4管領時代を経て単独奥州管領として陸奥国内の政治的頂点に立つ。大崎5郡を領有してやがて戦国大名へ成長していく。この大崎氏の10代高兼が早世したあとをついだのが11代義直。大永3(1523)年伊達稙宗が陸奥国守護に補任されたため,大崎氏は奥州第1の地位を失った。また天文5(1536)年大崎一族の重臣らが義直に反旗をひるがえし,そこで義直は伊達稙宗をたのんで反乱軍を鎮圧した。が,稙宗はその子小僧丸(義宣)の入嗣を強要してきたため受け入れざるを得なかった。そのため伊達氏の天文の乱の際には,義宣・稙宗方,義直・晴宗方に大崎家が2分して争い,晴宗の勝利によって義宣は追放され,大崎氏は一時独立性を回復。さらに永禄のころには,国分,相馬,伊達,田村の連合軍を迎撃して互角に戦うなど大崎氏の家運を保った。居城は,天文の内訌後,加美郡中新田城から玉造郡名生(宮城県古川市)へ移されたと考えられる。これは岩手沢氏家氏対策のためであろう。<参考文献>伊藤信「大崎氏の歴代について」(『宮城の研究』3巻)

(伊藤清郎)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

大崎義直の関連キーワード蜂屋大膳大夫朽網鎮則右京大夫左京大夫足利義助左京大夫局(1)左京大夫局(2)東常氏新田義兼結城晴綱

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone