宮田ヶ岡窯跡(読み)みやたがおかようせきあと

日本歴史地名大系 「宮田ヶ岡窯跡」の解説

宮田ヶ岡窯跡
みやたがおかようせきあと

[現在地名]姶良町船津 宮田ヶ岡

山田(やまだ)川と蒲生(かもう)川が合流して別府(べつぷ)川となり、やや下って北東方向へ屈曲する地点の南方約三〇〇メートルの北向きの山麓に位置する瓦窯跡。別府川右岸の沖積低地へ向かって山麓の尾根が水田へ張出しており、この尾根の南向き傾斜面に窯跡が並んで遺存している。正確な窯の基数は不明であるが、水田排水路や傾斜面にはおびただしい量の古瓦が散乱している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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