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寂円 じゃくえん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

寂円 じゃくえん

1207-1299 南宋(なんそう)(中国)の僧。
開禧(かいき)3年生まれ。曹洞(そうとう)宗。天童山景徳寺の長翁如浄(ちょうおう-にょじょう)の弟子。入宋中の道元と知りあい,安貞2年(1228)道元の帰国を追って来日。道元の没後は孤雲懐奘(こうん-えじょう)にまなび,その法をつぐ。のち越前(えちぜん)(福井県)宝慶寺の開山(かいさん)となった。正安(しょうあん)元年9月13日死去。93歳。

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朝日日本歴史人物事典の解説

寂円

没年:正安1.9.13(1299.10.8)
生年:開禧3(1207)
鎌倉時代に道元を慕って来日した曹洞宗の禅僧。江戸時代の史料が法諱を智深とするのは誤り。南宋洛陽(杭州か)の人。明州(浙江省)天童山に出家し,さらに長翁如浄に随侍した。その間,入宋した道元と知り合い,如浄の示寂した翌年,安貞2(1228)年に来日した。京都深草の興聖寺や越前(福井県)の永平寺で道元に参学し,如浄の塔所承陽庵の塔主を勤めた。道元亡きあと,その弟子孤雲懐奘の印可を受け,豪族伊志良氏の帰依で越前大野に薦福山宝慶寺を開創した。門流(寂円派)は法嗣の義雲ののち,江戸初期まで永平寺の住職を独占した。<参考文献>永平寺傘松会編『義雲禅師研究』,佐藤秀孝「宝慶寺寂円禅師について」(『曹洞宗研究紀要』18号)

(佐藤秀孝)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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