富土野町(読み)ふどのまち

日本歴史地名大系 「富土野町」の解説

富土野町
ふどのまち

[現在地名]山崎町山崎山田やまだ

山崎城下一一ヵ町の一つ。城下北東部に位置し、南は出水でみず町。町名の由来は寛永年間(一六二四―四四)富土野銀山(現一宮町)が繁栄し、当町がその奥筋へ通じる道筋にあたることにちなむという。貞享五年(一六八八)の惣町中地詰帳(阿波屋文書)によると、南北東西の町筋があり、家数は南北筋では東側八軒・西側一二軒、東西筋は富土野町新屋敷として北側にのみ一六軒があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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