富山町一丁目(読み)とみやまちよういつちようめ

日本歴史地名大系 「富山町一丁目」の解説

富山町一丁目
とみやまちよういつちようめ

[現在地名]千代田区神田富山町かんだとみやまちよう

神田岸かんだきし町の北に位置する町屋で、同町と同永井ながい町の北を走る道筋に面した片側町。西は富山町二丁目、北は武家地。江戸時代前期以来の武家地で、沿革図書によると延宝年間(一六七三―八一)は美濃郡上藩遠藤備前守、宝永年間(一七〇四―一一)は土屋薩摩守が拝領。正徳三年(一七一三)芝富山しばとみやま(現港区)の一部が増上寺の火除地となり、当地に代地が与えられた(安永三年小間附町鑑)。正徳年間の絵図によると、当町から西側の区画にかけての一帯は、西方から芝片しばかた門前・同七軒しちけん町・同永井町・同富山町(現港区)の各代地になっており、文化五年(一八〇八)の絵図では西側は三島みしま町に変わり、片門前町・七軒町の代地はみえない(沿革図書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む