日本歴史地名大系 「富永神社」の解説
富永神社
とみながじんじや
[現在地名]新城市宮ノ後
祭神須佐之男命。天一天王社と称し、創建年代不詳。天正年間(一五七三―九二)までは
境内に能舞台があって一〇月八日に祭礼能が奉納される。新城では古来能が盛んであり、元文元年(一七三六)藩主菅沼定用の家督相続を祝って奉納され、以後毎年の例となった。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
祭神須佐之男命。天一天王社と称し、創建年代不詳。天正年間(一五七三―九二)までは
境内に能舞台があって一〇月八日に祭礼能が奉納される。新城では古来能が盛んであり、元文元年(一七三六)藩主菅沼定用の家督相続を祝って奉納され、以後毎年の例となった。
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