寸又峡・接岨峡(読み)すまたきよう・せつそきよう

日本歴史地名大系 「寸又峡・接岨峡」の解説

寸又峡・接岨峡
すまたきよう・せつそきよう

寸又峡は大井川支流の寸又川にある峡谷で、大間おおまダムより下流域をさす。江戸時代には千頭せんず村の大間集落より上流に大寸又おおすまた集落があり、この地をめぐり駿河・遠江国境争いがあった。大寸又のうちの湯山ゆやまには温泉が湧き、明治二〇年代には湯山温泉として湯治客もあったが、昭和一〇年(一九三五)に湯山発電所が建設されて温泉源が枯れ、温泉宿は閉鎖された。しかし昭和三七年に再び湯山内の大間川沿いの地から温泉を引き寸又峡温泉(単純硫黄泉、泉温摂氏四三度)が誕生した。渓谷美・吊橋・ダムなどの観光客が増え、山登りハイキングの基点ともなっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む