寺島治朗(読み)てらじま じろう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「寺島治朗」の解説

寺島治朗 てらじま-じろう

1825-1881 江戸時代後期の名主
文政8年1月生まれ。家は代々下総(しもうさ)海上郡(千葉県)高神村の名主。文久2年名字帯刀をゆるされ,16ヵ村の名主肝煎(きもいり)を命じられる。慶応3年私財を投じて堤防をきずいた。明治14年7月7日死去。57歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む