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寺田法念 てらだ ほうねん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

寺田法念 てらだ-ほうねん

?-? 鎌倉時代の悪党。
幕府御家人で,東寺領播磨(はりま)(兵庫県)矢野荘の公文(くもん)。重藤名(しげふじみょう)などの地頭職(しき)ももち,私領の拡大につとめる。正和(しょうわ)3年(1314)と4年には一族や近隣の地頭たちと南禅寺領矢野荘に侵入,強盗,放火,殺傷をはたらき,「都鄙(とひ)名誉の悪党」とよばれた。俗名は範家。

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(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

寺田法念

生年:生没年不詳
鎌倉後期の御家人,悪党としても知られる。俗名範家。播磨国矢野荘(相生市)例名(矢野荘は例名と別名からなる)の重藤名を本拠地とし,矢野荘例名公文職につく一方で,文治年間(1185~90)以来,一族が御家人役を勤めてきたとする。その出自については,矢野荘の前身久富保 を開発した秦為辰の子孫ともいわれるが,上野国出身との説もあり,明らかでない。矢野荘例名地頭職を持つ海老名氏と勢力を競い,例名を下地中分(分割支配)に導いた。例名が東寺に寄進された翌年の正和3(1314)年に,南禅寺領矢野荘別名に討ち入ったほか,元応1(1319)年にも東寺の使節や寺家方百姓と激しく衝突した。その後,矢野荘における地盤を失ったが,子孫は重藤名の回復を求めて,再三侵入を繰り返した。

(馬田綾子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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