寺田縄村(読み)てらだなむら

日本歴史地名大系 「寺田縄村」の解説

寺田縄村
てらだなむら

[現在地名]平塚市寺田縄(てらだなわ)

東境を鈴(すず)川、南西を金目(かなめ)川が流れ、東は平等寺(びようどうじ)村、西は飯島(いいじま)村、南は入野(いの)村、北は北大縄(きたおおなわ)村に接する。入野村から入って鈴川に架かる東(あずま)橋を渡り、豊田本郷(とよだほんごう)村からの大山道に合流する伊勢原(いせばら)道と、金目川堤上を北西へ曾屋(そや)道が通る。宝永三年(一七〇六)の金目川筋掘替えに伴う鈴川合流点の川筋掘替えにより平等寺村に飛地二ヵ所計三反余ができた(風土記稿)。小田原衆所領役帳には布施弾正左衛門「百七拾七貫五百弐拾四文 中郡寺手縄」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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