尊寿院跡(読み)そんじゆいんあと

日本歴史地名大系 「尊寿院跡」の解説

尊寿院跡
そんじゆいんあと

[現在地名]中区三の丸一丁目

東照とうしよう宮の神宮寺。天台宗天長山尊寿院、権現坊と称する。元和五年(一六一九)徳川義直南光坊天海を請じて名古屋城三の丸に東照宮を創建し、父家康の霊を祀り、珍祐を別当とした。寛永四年(一六二七)天海は別当所を天長山神宮寺と号した。珍祐は比叡山東塔南谷日増院と春日井郡野田密蔵のたみつぞう(現春日井市)をも兼帯し、さらに西に隣接する代々将軍の御霊屋の西仏殿(上野寛永寺方)をも兼帯した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む