日本歴史地名大系 「小村井村」の解説 小村井村おむらいむら 東京都:墨田区旧向島区地区小村井村[現在地名]墨田区文花(ぶんか)一―三丁目・京島(きようじま)三丁目・東墨田(ひがしすみだ)一丁目・立花(たちばな)一―五丁目・八広(やひろ)二丁目など大畑(おおはたけ)村の南にあり、南境を北十間(きたじつけん)川が流れる。西は寺島(てらじま)村・請地(うけじ)村、南は亀戸(かめいど)村(現江東区)。応永五年(一三九八)八月日の葛西御厨田数注文写(鏑矢記)に「小村江 十五丁」と記載され、葛西(かさい)御厨の内であった。北条氏所領役帳には江戸衆の遠山丹波守分として「六拾五貫文 同(葛西)小村井」とみえる。永禄六年(一五六三)閏一二月二九日の虎松丸印判状写(武州文書)では「亀戸之内小村江備前守分」を小曾河小五郎に与えるとあり、小村江を名乗る領主が存在していた。田園簿に小村井村とあり、田三三八石余・畑二六石余、幕府領。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by