小村俊三郎(読み)コムラ シュンザブロウ

20世紀日本人名事典 「小村俊三郎」の解説

小村 俊三郎
コムラ シュンザブロウ

明治〜昭和期の外交官,ジャーナリスト 東京朝日新聞論説委員。



生年
明治3年9月3日(1870年)

没年
昭和8(1933)年4月12日

出生地
日向国(宮崎県)

学歴〔年〕
高等師範中退

経歴
明治30年又従兄・小村寿太郎の後援により北京に留学し中国語を修める。のち訳官となり北京公使館に入り、青木宣純中佐の秘書官や一等通訳官などを務め、日中外交に尽くす。この間、外務書記生として渡英した。退官後、東京朝日新聞・読売新聞・東京日日新聞などの論説委員となり中国問題を論評した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「小村俊三郎」の解説

小村俊三郎 こむら-しゅんざぶろう

1870-1933 明治-昭和時代前期の外交官,ジャーナリスト。
明治3年9月3日生まれ。30年又従兄(またいとこ)の小村寿太郎の後援により北京に留学,中国語をおさめる。青木宣純(のりずみ)中佐の秘書官や一等通訳官などをつとめ,日中外交につくす。退官後,「東京朝日新聞」などの論説委員となった。昭和8年4月12日死去。64歳。日向(ひゅうが)(宮崎県)出身。高等師範中退。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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