小林惟孝(読み)こばやし これたか

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「小林惟孝」の解説

小林惟孝 こばやし-これたか

1804-1887 江戸後期-明治時代の和算家
文化元年生まれ。内田五観(いつみ),小出兼政らに数学,天文,測量をまなぶ。郷里越後(えちご)(新潟県)の高田藩につかえ,藩校修道館などでおしえた。維新後,地租改正のときの測量の指導,国道の設計にあたった。明治20年1月9日死去。84歳。本姓は篠宮。通称は嘉四郎。号は百哺(ひゃっぽ)。著作に「算法童蒙発心」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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