小波津村(読み)くふわちむら

日本歴史地名大系 「小波津村」の解説

小波津村
くふわちむら

[現在地名]西原小波津こはつ

呉屋ぐや村・津花波ちふあぬふあ村の南、東へ流れる屋部やーぶ川中流右岸にある。北西翁長うなが村、西は幸地こーち村。東に耕地が広がる。クフヮチとよばれる。絵図郷村帳に「古波津村」、「琉球国由来記」には「小波津村」とみえる。琉球国高究帳では古波津村は高頭一〇三石余、うち田八九石余(うち永代荒地二一石余)・畠一三石余。古波津掟が置かれていた(琉球国由来記)。乾隆五年(一七四〇)野村安孝は再び決川奉行に任じられ、総奉行の玉川朝雄に同行して沖縄島の河川を改修している。その翌年西原にしばる間切では屋部川など四つの川、さらに翌々年には当村に赴き屋部川を改修した(毛姓大工廻家家譜)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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