西原町
にしはらちよう
面積:一五・五七平方キロ
沖縄島中部の東海岸に位置する。東は中城湾に面し、北は中城村・宜野湾市・浦添市、西は那覇市、南は島尻郡与那原町に接する。西・南・北の丘陵部と東側の低地部からなり、南の与那原町との境界に町最高峰の運玉森(一五八メートル)がそびえる。低地部では南北に縦貫する国道三二九号と、東西に通じる主要地方道浦添―西原線が交差している。先史・グスク時代のおもな遺跡としては与那城貝塚・我謝遺跡がある。古琉球期以降西原間切に属した。古琉球期の行政範囲は東西海岸にわたって帯状に広がり、現那覇市の首里北部や天久・安謝まで延びていた。近世期になると村の分離・編入があり、行政範囲は古琉球期より縮小し、当町域を中心に那覇市北東部を含む地域となった。宿道が西の幸地村から入り、中央の津花波村を経て小那覇村から北上し、中城間切に出た。一六六〇年代、第二尚氏初代国王尚円(金丸)の旧宅に内間御殿が建造され、康熙四五年(一七〇六)にも西原間切住民によって既設の東江御殿とは別に西江御殿がつくられた。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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