小玉郷(読み)こだまごう

日本歴史地名大系 「小玉郷」の解説

小玉郷
こだまごう

嘉暦四年(一三二九)の鎌倉幕府下知状案(守矢文書)に太田庄内の一郷として「小玉郷」の名がみえるが、その後の推移は明らかでない。

ただ、戦国時代末期の甲越合戦に際し、推定永禄七年(一五六四)九月五日付直江大和守実綱の堀江宗親・岩船長忠宛書状(岩船文書)に、上杉方から小玉坂に毎日斥候を出して、もとどり山に陣取る武田方の動勢をみさせている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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