小田中原山分(読み)こだなかはらやまぶん

日本歴史地名大系 「小田中原山分」の解説

小田中原山分
こだなかはらやまぶん

[現在地名]鹿島町小田中原山分

本村小田中から二五町の石動(せきどう)山系の原地に集落がある。稜線鳥越(とりごえ)峰を境に久江(くえ)村、九町ほどで越中国射水(いみず)郡懸札(かけふだ)村(現富山県氷見市)。開作時期は定かではないが、越中からの引越百姓によって開かれたと伝える。貞享五年(一六八八)の芹川(せりかわ)村十村兵衛から郡奉行への書上(多田文書)によると、長領時代には開かれていたことがうかがわれる。延宝七年(一六七九)の小田中村御印(小田中区有文書)によれば高四〇石、免二ツ六歩。正徳二年(一七一二)には一ツ三厘の引免。文化一四年(一八一七)には高畠原山(たかばたけはらやま)分・久江原山分・芹川原山分ともに地動きが激しく、当村は荒地化のため同年から三ヵ年一ツ、地味劣るため一ツ二歩の計二ツ二歩の引免が行われた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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