小田野沢村(読み)おだのさわむら

日本歴史地名大系 「小田野沢村」の解説

小田野沢村
おだのさわむら

[現在地名]東通村小田野沢

下北丘陵に発し、太平洋に注ぐ小老部こおいつぺ川と左京さきよう沼のほぼ中間の海岸沿いに位置する。北は猿ヶ森さるがもり村、北西砂子又すなごまた村、南は白糠しらぬか村の支村老部村と接する。

天和二年(一六八二)の惣御代官所中高村付に村名がみえ、寛政年間(一七八九―一八〇一)の「邦内郷村志」に高八七・九石余、うち畑九石余とある。戸口は三二軒・一五〇人。享和三年(一八〇三)仮名付帳では家数二〇。同帳は村名を「コタノサハ」と読ませており、「東奥沿海日誌」では「コタンノサハ」とする。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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