小石川下富坂町(読み)こいしかわしもとみざかまち

日本歴史地名大系 「小石川下富坂町」の解説

小石川下富坂町
こいしかわしもとみざかまち

[現在地名]文京区小石川一―三丁目・春日(かすが)一丁目

小石川春日町の北西方、富坂(西富坂)の通り(現春日通)および火除地を隔てて水戸藩上屋敷の北に位置する拝領町屋。東は通りを隔てて播磨安志藩小笠原氏上屋敷など、北は善雄(ぜんゆう)寺境内、西は通りを隔てて小石川中富坂町。北方に離れた小石川源覚寺(こいしかわげんかくじ)門前の北に一ヵ所、さらにその北方の小石川柳(こいしかわやなぎ)町・同伝通院御掃除(でんづういんおそうじ)町の東に一ヵ所の計二ヵ所の飛地がある。当町と小石川中富坂町・同上富坂町の三ヵ町はかつて小石川村の百姓地で、慶長年間(一五九六―一六一五)に加藤伊織組餌差衆五九人の拝領地となり、のち町家が作られた。町家が作られた当初、三ヵ町はそれぞれ上・中・下の餌差(えさし)町といったが、町方支配となった元禄六年(一六九三)以降、古くは鳶(とび)坂ともいった富坂にちなみ、上・中・下の富坂町と改めたという(御府内備考)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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