小石川安閑寺前町(読み)こいしかわあんかんじまえまち

日本歴史地名大系 「小石川安閑寺前町」の解説

小石川安閑寺前町
こいしかわあんかんじまえまち

[現在地名]文京区白山はくさん二丁目

小石川戸崎こいしかわとさき町のうち、二ヵ所に分れる拝領町屋のうち東側の町屋の西にある。南は安閑寺境内、北東は通りを隔てて書院番同心組屋敷、北西武家屋敷。当地開発の経緯は拝領町屋の戸崎町と同様で、はじめは沼地であった餌差衆拝領地の一部を安閑寺が借受け、築立てて居住したことに始まる。元禄元年(一六八八)に餌差衆が暇になり、寺地を引払うよう命じられたが、居付を願出て、同三年これを許され、以後代官所支配となった。同一一年には小石川御殿の長屋・腰掛用地として取立てられることになったが、再び居付を願出て翌一二年一三九坪余が先規のとおり年貢地として安閑寺に下された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む