小石川片町(読み)こいしかわかたまち

日本歴史地名大系 「小石川片町」の解説

小石川片町
こいしかわかたまち

[現在地名]文京区西片(にしかた)一丁目

本郷菊坂田(ほんごうきくざかた)町の北西方に位置する。東富坂(ひがしとみざか)付近で富坂の通り(現春日通)から分れ、上野高崎藩松平(大河内)家中屋敷の西側などを経て、幾度か鉤形に折れながら本郷と小石川の境を北上する通りの東側を占める片側町。東は備中福山藩阿部家下屋敷など、北は旗本松前氏の屋敷、西は同川勝氏の屋敷などで、南も武家屋敷。当地は寛永五年(一六二八)に中間方が大縄拝領、町立ての年代は不明だが、古くは本郷丸山片(ほんごうまるやまかた)町と称していたという。宝永年中(一七〇四―一一)に将軍徳川綱吉が王子(おうじ)筋へ出向いた折に当地を通り、町前を「礫川」(小石川)が流れていたことから、小石川片町と改称するように命じ、以来、小石川片町を称したと伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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