小簗村(読み)おやなむら

日本歴史地名大系 「小簗村」の解説

小簗村
おやなむら

[現在地名]関市小屋名おやな

長良川左岸の平坦部に位置し、村内中央を津保つぼ川が西流する。小梁・小屋名・小屋那とも記し、武儀むぎ郡に属する。東は倉知くらち村・関村小瀬おぜ村。村内で郡上ぐじよう街道から津保街道が分岐する。建武三年(一三三六)九月一七日の勧修寺所領目録(勧修寺文書)に「美濃国小簗・釜戸両郷」とあり、勧修かじゆう(現京都市山科区)の所領で、かつては藤原氏の所領か皇室領と考えられる。延文四年(一三五九)一〇月二二日の足利義詮袖判下文案(佐々木文書)によれば、前年の佐々木秀氏譲状によって佐々木孫童子丸に伝領された小簗郷などの地頭職が安堵された。以後佐々木氏(京極氏)が地頭職を所持し、応永一〇年(一四〇三)二月二八日の足利義満袖判御教書案(同文書)では佐々木高光に、長享二年(一四八八)四月二五日の室町幕府奉行人連署奉書案(同文書)では佐々木大膳大夫(京極政経)に安堵されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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