小萩村(読み)こはぎむら

日本歴史地名大系 「小萩村」の解説

小萩村
こはぎむら

[現在地名]山川町重冨(しげとみ)

三峯(みつみね)村の西、飯江(はえ)川上流右岸にある。西は三池(みいけ)郡飯江村(現高田町)など。天正一一年(一五八三)と推定される九月五日付龍造寺政家知行宛行状(横岳家文書/佐賀県史料集成六)によると、肥前深江(ふかえ)城(現長崎県深江町)防戦の際の軍功により山門郡のうち「小萩一所」などが横岳兵庫頭(家実)に宛行われている。元和七年(一六二一)の郡村帳に小萩村とみえ、玄蕃高八三石余、小物成は山手米九斗・茶年貢米七斗。


小萩村
こはぎむら

[現在地名]度会町小萩

獅子(しし)ヶ岳より東流する一之瀬(いちのせ)川支流小萩川沿いの谷間にある。上流より神出(かみで)・カゲ・コウジガノの三集落からなる。当村は市場(いちば)村より分れたと伝える(度会町史)が年代は不明。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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