小薗村(読み)こぞのむら

日本歴史地名大系 「小薗村」の解説

小薗村
こぞのむら

[現在地名]綾瀬市小園(こぞの)

目久尻(めくじり)川の東にあり、東を寺尾(てらお)村、南を早川(はやかわ)村、北を柏(かしわ)ヶ谷(や)村(現海老名市)、西を国分(こくぶ)村・望地(もうち)村(現海老名市)と接する。西境を矢倉沢(やぐらさわ)往還、東北境を横浜道が通る。

小田原衆所領役帳に高城「拾貫文 東郡小薗」とある。天正一五年(一五八七)七月二一日の高城胤則証文写(県史三)によれば金子兵部丞・与次良父子に「小薗之村」を前前のごとく任せている。同一八年四月日には豊臣秀吉禁制(同書)が「東郡こそねの郷」に下された。正保国絵図に「小園」とみえる。近世は旗本加藤領から宝暦一〇年(一七六〇)下総佐倉藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む