…その後も前橋製糸所をはじめ長野県各地,福島県二本松などに製糸場を経営し,また,釜石,院内,阿仁などをはじめ東北各地の鉱山経営にも着手した。生糸取引は古河市兵衛が,為替店は小野善右衛門(西村勘六)が統轄していたが,1872年には三井小野組合銀行を組織した(1873年7月第一国立銀行となる)。小野組は維新以降,多方面で活躍したが,政府の為替方に対する方針はしだいに過酷となり,74年2月〈府県為替方設置手続および為替規則〉を改正し,担保は預り金の3分の1を預り金相当の金額とし,さらに10月には,追加担保は12月15日までに提出すべく厳達した。…
※「小野善右衛門」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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