小野田庄(読み)おのだのしよう

日本歴史地名大系 「小野田庄」の解説

小野田庄
おのだのしよう

現賀茂(かも)町周辺。賀茂神社領小野田庄の初見は、賀茂注進雑記(続々群書類従)に引用されている寿永三年(一一八四)四月の源頼朝下文「可早任院庁御下文停止方々狼藉備進神事用途賀茂別雷社御領庄園事」の中に「参河国小野田庄」とあるものである。次いで「吾妻鏡」の文治二年(一一八六)一〇月一日条に「参河国小野(ママ)庄等」を安堵する下文を賀茂神社に遣わした記事がみえる。

鳥居大路文書の文永元年(一二六四)六月の権祝賀茂某訴状案(早稲田大学蔵)によれば、小野田庄は寛治年間(一〇八七―九四)勅免によって賀茂社の神領となり、もっぱら社役のみを勤仕していた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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