小麦原村(読み)こむぎばるむら

日本歴史地名大系 「小麦原村」の解説

小麦原村
こむぎばるむら

[現在地名]伊万里市南波多町みなみはたちよう小麦原

井手野いでの盆地の中央部、徳須恵とくすえ川沿いの低地。正保絵図に村名がみえる。

天保九年(一八三八)唐津藩預りの天領全域で百姓一揆が勃発した。その最高潮に達したのが翌一〇年で、野田家日記に、「天保十歳己亥、去冬より春ニ懸リて、唐津之百姓共願事有リて、天領廿余ケ村弐千余人、金毘羅山ト言所ニたて籠ル、此度迄三度目也。二月廿六日ノ晩、唐津騒動ニ付、佐嘉より六百人余、小城より三百人余、多久より不残、都合肥前より三千人、桃の皮(桃川)口ハ武雄ト諫早より堅メ、騒動大方ならず大事也。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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