小黒坂村(読み)こぐろさかむら

日本歴史地名大系 「小黒坂村」の解説

小黒坂村
こぐろさかむら

[現在地名]境川村小黒坂

狐(きつね)川流域に位置し、地内は春日(かすが)山山麓にあたる。西から北にかけては石橋(いしばし)村・小山(こやま)村、南東は大黒坂(おおぐろさか)村。永禄四年(一五六一)の番帳に二一番「こくろ坂の禰宜」とみえ、勤番社は当地の熊野社と考えられる。文禄三年(一五九四)六月一七日の浅野長継知行書立(西村文書)に「小黒坂村」とあり、村内の一〇〇石が西村左馬助の知行地として与えられた。また応永二年(一三九五)一一月の黒坂信光寄進状(聖応寺文書)の聖応(しようおう)寺の四至のうちに「西ハ鼻前之石一之沢お境」とみえる一之沢(いちのさわ)は当地の字にあたる。

慶長古長帳に小黒坂とみえ高二九六石余、幕府領。ほかに聖応寺領四九石四斗、権現領二石六斗二升。貞享二年采地簿(臆乗鈔)には旗本筧・多門・金田の三家領がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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